Sunday, June 20, 2010

88歳のお誕生日パーティー

クリスチャンのおともだちのお誕生日会に招待された。

なんと88歳! 米寿という特別なお祝いのパーティ。招待状には「NO GIFT PLEASE/プレゼントはご遠慮します」と書き添えられ、「とにかく手ぶらでいらしてください。それがルールですから」と招待を受ける。

高級ステーキレストランに集まった彼女の家族は20世帯、孫ひ孫は13人、彼女にハグやキスをしたり声をかける人は絶えない。イエス・キリストを信じる人生が与えた祝福の実が彼女を包んでいた。「お婆ちゃんに助けられ、育てられてきたことが誇りなんだ」と人々の口から言葉が溢れる。

60年以上前、クリスチャンの彼女とご主人は牧師を助けるために、3人の子どもを連れて日本からアメリカへ渡った。英語が話せない状況の中で、週6日、共働きを続けた。アメリカでもう一人の息子が与えられ、その末息子が「母の姿を見て育った。忠誠心と親切心、優しさに溢れる母の根底にはキリストを信じる強い信仰があった」と涙ながらに熱く語った。アメリカへきたばかりのときの生活の厳しさを物語る長男のスピーチも強く信仰に満ちあふれていた。

彼女の大ファンである実娘の夫が言った。「お婆ちゃんの信仰の強さがオレに与えたインパクトは大きい。今の自分がいかに変えられたかを見てわかるでしょ?because of my temper, Christ died on the Cross! (オレのこの激しい気性のためにキリストが十字架で死んでくださった)」

「88年あっという間でした。私はいつもイエス様と一緒でした。これからもずっと一緒です。88はヘブル語でよみがえりの意味があるそうなんです。だから、これからはよみがえった気持ちで生きます」と彼女はバースデーケーキを前にスピーチをした。

たくさんいるお孫さんや家族や親戚のことをいままでずっと世話してきた彼女は言った・・・

   「いちどお受けしたら見捨てられません。神さまはそういうお方だから。
   私もそうしなくちゃって思ってずっとやってきました。」

『わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。』 新約聖書 ヘブル13:5

神さまの愛を実践していることに彼女の強さがあったことに気づいた。
 

Friday, June 18, 2010

永遠のいのち

学生時代からの友人とひさしぶりに会って時間をすごした。

彼女も彼女のご主人もみんな年がほぼ同じだったので、老化や老眼鏡、年金や老後のことも話題にあがった。更年期もそろそろ考えないとね。子どもの成長の話やビジネス、日本の話題など楽しくおしゃべりがはずむ。美味しいスパゲッティとデザートをいただいた後、ご主人がいれてくれたコーヒーを飲んで、しばらくまた話してから帰宅した。

帰りの車のなかで、あぁイエス様の十字架の話できなかったなぁ~と反省。何を話していたかを思い出す・・・

私たちの友人は24歳の時に血液ガンで一年間の闘病生活後、亡くなった。遺族にとっても友人たちにとってもとてもつらい別れだった。多くの人がたくさんの涙を流した。「人生なにがいつおこるかわかんないよね」と彼女が言ったことを思い出す。

死について話してたことを思い返し、永遠のいのちのことを話せばよかったと思った。

私はキリストが自分の罪のために十字架で死んだことを信じて、罪が赦され、その結果、永遠のいのちを受けて、天国に入れるようになった。永遠のいのちがあるんだよって言えばよかった。

『イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』  新約聖書 ヨハネ 11:25~26
 

Tuesday, June 15, 2010

教会のサマーキャンプの準備 <PCJC修養会10>

教会のサマーキャンプの準備がいよいよ本格的に始まった。 子どもプログラムのスタッフが集まり、このテーマとなる聖書のことばをどうやって子ども達に教えるかを話し合った。

『まことに私たちの心は主を喜ぶ。 私たちは、聖なる御名に信頼している。』
"In him our hearts rejoice, for we trust in his holy name."

旧約聖書 詩篇33:21

一週間前まで、In him という言葉から「神様の安全地帯に入れば、もう安心」みたいに考えていたが、神様とつながっていないということは、捕らわれの身であることに気づいた。神様の大きさを安全地帯などの小さな枠で制限していた自分の考えを改める。箱みたいな部屋に捕らわれている人間を自由にしてくださるのがイエス様の十字架による救いなんだ・・・

信頼するってどういうこと?

箱みたいな部屋の中にいる子どもをイメージした。閉じこもって、ドアが開かないようにノブを固く握り締める子どもがいたら、どうやったらドアを開けてくれるんだろう・・・だれだったら、どんな人だったら、ドアを開けるのだろう・・・。信頼できる人とわかったら、自分が助けが必要なんだと気づいたら、ドアが開くかもしれない。

主を喜ぶってどういうこと?

イエス様の手と子どもの手がギュッと握られているのをイメージした。部屋の中に閉じこもってドアを開けたくないのには理由があるはず。もしかしたらウソをついて自責の念にかられているかもしれない。何から逃げているのか?何を恐れているのか?なぜ隠れようとするのか?そこには罪の性質があるからで、その罪のためにイエス様は十字架に架かって死んでくださった。箱の扉を開けて、イエス様の手をつかむ、罪が赦された喜び、イエス様といっしょの喜びをつかんで欲しい。

「イエス様に信頼する」と「イエス様を喜ぶ」という二つの目標をおいたメッセージにあわせ、アクティビティは、トラストフォール(高い位置から後方に落ちるのを受けとめる)、クラフト(足跡ペイント、大きな紙の上を歩く。一人で歩く場合と、イエス様と共に歩く場合の二パターンを用意)をすることになった。


子ども達が自分のフタを開けて、イエス様と手をつないで

キャンプから帰っていって欲しいと心から願った。

フリーメソジスト夏季修養会ホームページ
http://shuyokai.pcjcfm.org/index.htm
 

Monday, June 14, 2010

History Teacher <高校の教室見学>

歴史の先生の教室をみせてもらって大興奮 >_<

机はコの字型に並べられていて、壁やらそこらじゅうにいろんな課題発表や写真が飾られている。 こんな素晴らしい教室だったら、もっと歴史が好きになっていたかもしれないなぁ・・・





Friday, June 4, 2010

ハンティントン美術館のチケット

パサデナにある The Huntington Library, Botanical Gardens に親友4人で行った休日だったので入園料が通常の2倍、$20だったのは痛かったが、庭はひろく、なかなか見ごたえがあり楽しかった。おいしいお弁当も食べ、満喫した後、オールドパサデナでお茶しようよってことになった

庭園を出て駐車場までの道のり、親友Aが入園料を払ったときにもらったステッカーをTシャツからペロリとはがして、こちらに向かってくるカップルに言った "you guys wanna sticker to get in?" 喜んでカップルはスティッカーを受け取ったのを見て、私も自分のスティッカーをはがしてもう一人にあげた。

そのことに気づいた親友Bが、「なんでそんなことするんだよっ!」 と激しく怒った。友Aが "What's wrong with you!? I just helped people! Gosh!" 気まずい雰囲気の中、オールドパサデナに移動。それから長い間、親友AとBは話し込んでいた。

なんかわかるような気もするけど、なんとなく腑に落ちない出来事だった。

なんで親友Bは怒ったのだろう?
なんで入園料のスティッカーを他の人にあげたのがいけなかったのか?
この数日祈りつつ、このことがちっちゃいんだけどひっかかっていた。

聖書の中に、神様にお金を捧げるときに、土地の代金全額を捧げたフリをして実は、一部のお金をポケットに入れていた夫婦が、神様の裁きによって死んだ箇所を朝のデボーションで読む・・・
『あなたは人を欺いたのではなく、神を欺いたのだ。』 acts 5:4
生きてすべてを支配しておられる神様を侮ってはいけない。同時に、神様は人の弱さを理解し、赦してくださるお方であることを忘れてはならない・・・

でもこれは入園料のスティッカーで、神への捧げ物じゃないからOK?
他の人の出費を助ける人助け?
お金払ってないのに払ってるふりをした?
ライブラリーをあざむいた、うそ、ぬすみ、おお!  ← ここでやっと罪にきづく

神様に自分の罪を言いあらわして赦していただいた、そのあと、このスティッカーを受け取ったカップルも共犯に巻き込んだことに気づき、カップルのためにも祈った。

罪探知機のような親友Bをリスペクトしつつ、次回は探知したら解説もつけろとリクエスト。あそこでヤツが怒らなかったら、一日一善したみたいないい気分のままだった。

God hates sin not us.
神様は罪を憎まれる、私たちのことを嫌いなんじゃない。

Sunday, May 30, 2010

コップに入っている半分の水

コップに水が半分入っているのを見て、

「あと半分しかない」 と思うか、
「まだ半分入っている」 と思うか、

なんていう表現をひさしぶりにきいた時、

あぁ、「私はこの水を入れた人を知ってる」 って思った。

そのかたは、求めれば与えてくださる。
水の量にも左右されない・・・

そのとき・・・
あぁ、私はかわったんだなぁと実感した。

私はすべてを造られ、すべてを治め、私を守り、
必要を与えてくださる神様を私は知っている。


********* BSFの講義ノートより **************
Jesus is the master of :
1) quality (John 2)
2) distance / healing over distance (John 4)
3) time / 38 yrs sickness, nobody is too old to change (John 5)
4) quantity (John 6)
5) natural law / boat on the wild (John 6)
6) life circumstances / blind man (John 9)
7) everything in life over death (John 11)

BSF: バイブルスタディの非営利団体。クラスは登録制で週一回あり無料。世界各地で共通のテキストを使用している。日本では東京と横浜にクラスがある。新しくイザヤ書の学びが2010年度にスタートするhttp://www.bsfinternational.org

Saturday, May 29, 2010

自分の夢を追求しろ <親友の卒業式>

親友Yの卒業式に行った。

その時、ゲストスピーカーが話してた・・・

"Life is too short to live someone else's dream.
Don't waste your time spending on your parents' dream."
他の人の夢を追い求めるのには人生は短すぎる。

両親の夢のために時間を無駄に費やすな。
自分の夢を追求し、向かって歩め。

数日前に、
スモールグループのテキスト(Lady in Waiting)で学ぶ・・・

"Your hope cannot be put in some dreamed-up future. "
希望的観測をおいた未来の夢にあなたの希望をおいてはいけませんよ。

God's best (God's way) と Dreamed-up future は違う。
God's way は "eyes fo faith" がないと見えない。

体についてる目じゃなくて、信仰の目。
体の目と信仰の目は見ているところが違う。

ノンクリスチャン時代は、自分の目に見えるものと、Dreamed-up futureのみで生きてた。

でも今は違う。イエスキリストが私の罪のために十字架に架かって死んでくださったことを信じたとき、私にも信仰の目が与えられた。神様の視線があることを知った。自分の目には困難しか見えなくても、神様には困難の向こう側が見えている。困難の先には祝福が待っている。悲観的な夢や非現実的願望を頂いた夢ではなく、God's best に希望の焦点を合わせる信仰の目を育てていきたい。

God's best を自分の夢として追い求めていきたい。実現可能なのだから。

『わたし(神)はあなたがたのために立てている計画をよく知っているからだ。――主の御告げ。――それはわざわいではなくて、平安を与える計画であり、あなたがたに将来と希望を与えるためのものだ。 』 旧約聖書 jer エレミヤ 29:11