Thursday, July 23, 2009

教会のサマーキャンプにいってきました!<PCJC修養会09>

サマーキャンプの子どもプログラムの準備はなかなか思うように進まなかった(私の担当は4~7歳)。準備すればするほど満たされなかった。でも情報収集したり、レッスンプランを書き出したりしたが、どれもいまいちだった。

レッスン初日、開始直後、心の中で「あ、子どもにいろいろ詰め込みすぎだ。このままじゃ頭の中に入っていかない」と警告が鳴った。だけど、予定していた内容をそのまま続けてしまった・・・・

案の定、手ごたえがないままレッスンを終える

反省した、私は自分のコンフォート(自分にとって楽な方法、予定した内容をする、計画どおりにすすめること)を選んでしまった。予定変更するリスクはとらなかった(こわいから)。でも心の中の警告は正しかったことは嬉しかった。パートナーのやっちゃん(プロの教師)から、「クラスルームから生徒が出る時、一つだけ持たせたいことは何か、そのために他のことはすべて捨てなさい。」と教えられた。さらに、「準備してなかったら捨てるものはないんだよ」と励まされる(涙)

二日目のレッスンに挑む。予定を変更し、準備した内容をすべて捨て、テーマの聖書のことば一本にして、神様の動きに集中してレッスンを進めた。自分の証し(悪いことをした、罪の意識に悩まされていた、イエスさまの十字架を知った、信じた、赦された、もう悪い子じゃない、もう悩まなくてもいいんだ)、朝に聖書の言葉を通して与えられた解釈「古くて汚い服をきているときの気持ち、新しい服をきているときの気持ち」から入り、イエスさまは新しい服をきせてくれるお方であり、十字架はそのためなんだ、イエスさまといっしょに生きるっていうことは、新しい服をきて生活することなのだということをを話した。

レッスン後に子ども達が感じたことを描いた絵をみた時、聖書のことばが子ども達の心に伝わったことを知り、涙する・・・

自分の安心を捨てるのは怖いけど、神さまを信じて捨てたとき、そこに生きている神さまの息が吹きこまれる。捨てるものが大きければ大きいほど、たくさん神さまが入ってこられる。生きている神さまを体感した。

『私はキリストと共に十字架につけられました。もはや、私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。』 新約聖書 ガラテヤ2:20

 

Friday, June 26, 2009

テントウムシがだっぴしています

6歳の男の子の絵日記。

園でタマゴから育てているテントウムシについて書くことになった。
なかなか作文が進まなかったので、絵から描くことをすすめる・・・
テントウムシがいっぱい入った容器をのぞきこんで絵を描きはじめたところ、

「ああっ せんせい たいへん! だっぴしてる!」
「さっきまで幼虫だったのが だっぴしてるんだ!」
「がんばれ がんばれ!」

幼虫の脱皮を熱く見守ったりしてしばしの時間が過ぎる・・・

ふと作文に目をやると・・・
「テントウムシがだっぴしています。」

ただそれだけなのに、このストレートな言葉に感動してしまった。

事実を素直に表現するってなんて素晴らしいんだろうって思った。

 

Thursday, June 25, 2009

おともだちのことを考えよう

ブロックで男の子たち(4~5歳)が仲良く遊んでいると思っていたら、ブロックでつくった飛行機をJ君とS君の二人で取り合いになり、とったとらない、ウソついたウソついてないのケンカになり、J君が大声で泣きだした。

仲裁に入り、二人をブロックから少し離れた場所に移動させ、それぞれの言い分を聞いていたら、二人の近くで遊んでいたY君が、いつのまにか、飛行機をブロックで沢山つくって、「せんせい、これみんなにつくったよ!」と言ってきた。

ケンカした二人にたずねる・・・

「Y君は持ってるけど、二人は持ってないものがあるよ。何だと思う?」
・・・二人ともわからないと首をふる。

「Y君は他のお友達のことを考えることができたけど、二人は自分のことしか考えられなかったね。だから、こんな小っちゃい一個の飛行機でケンカしちゃったんだよ。Y君みたいにもっとみんなのこと考えよう。もっと大っきいこと考えよう。飛行機が一個しかなかったら、一緒にもう一個作ろうよ!」

二人は話の間、何かをかみ締めたかのようにぐっと涙目になっていた。
 

Wednesday, June 24, 2009

何かをしているときの顔

「工作してるときのMくん、わらってていいね。」

「え~ そんなこと言われちゃったよ。はじめてだよ。」
と照れ笑いするMくん。

ふと思う・・・

何かをしている時の自分の顔ってどんななんだろう。

笑い顔でありたいなって思った。

 

Monday, June 1, 2009

CINERGY 08 <映画製作>


2008年11月1日に、CINERGYという伝道を目的とした映画祭に出展した時の映画「ありがとう」のメイキングビデオがいつのまにかMKさんによってYoutubeにアップされているのを発見。

製作期間はなんと4ヶ月。The Power of Communityとうテーマをもとに、オレンジコーストフリーメソジスト教会のドキュメンタリー映画がつくられました。教会というところは沢山の人の繋がりで出来た集まりであり、根源をたどると神さまの愛から芽生えたものであることを知る。製作中はただただひたすら必死に神さまのヴィジョンにすがりついた。みんなおつかれ&お恵みさまでした。

おまけは製作ノート 

Saturday, May 30, 2009

神さまの力を信じていない/背きの罪

ある舞台のバックステージにボランティアで参加した。バックステージの部屋の壁にお経みたいなのが書いてある白くて長い紙がたくさん貼ってあった。

舞台後、片付けをしていたら、バックステージをしきっていたある女性が
「これは特別あなたに持っていてほしいの」
そのお経の紙を大切そうに両手で差し出された。

後でお祈りして捨てればいいと思って受け取ったのが、
アクシデントのはじまりだった。

車の中に入り、そのお経の紙にかかわるすべてのことを私からイエスキリストの御名によって断ち切ります、と宣言してお祈りしたら、「ただの紙きれですよ」と声がした。

でもその直後、恐れが私の心に入ってきた。

お経の紙をくれた女性になんて言うの?
クリスチャンなのに、なんでお経の紙を受け取ったのかって聞かれたら?
親切な人の心を欺いてしまった。
これから打ち上げでレストランがある・・・ もう会わせる顔がない・・・

恐怖にとりつかれたようになり、自宅に直行し布団の中にもぐりこむ。

一足先に打ち上げのレストランに行っている人に電話したら、
ちょっとだけでも顔は出したほうがいいといわれる。

行きたくない、どうしよう・・・・・

土下座して神さまにお祈りし、必死になって神さまの声がするまで待ちつづけた。
しばらくして、ふと声が聞こえる。

「おまえはわたしがついているのに、何を恐れているのだ。
それが背きの罪なのだ。」


おぉ!神さまが自分にはついておられるのに、ビビリまくっていた。
ビビルということは、神さまの力を信じていないことだった。
背きの罪を慌ててゆるしていただく。

でも、あの女性にあったらなんて言えばいいんですか?

「私の神さまにお捧げしました。
私の神さまが最も良いことのために用いてくださると信じています、と言いなさい」

神さまの御力と言葉をいただいて、急に元気を取り戻し、
ガバッと布団の中から満面の勝利の顔で飛び出した。

レストランについて彼女を探したがもういなかったw
 

Friday, May 15, 2009

ホントウのこと

5歳の子どもたちが絵日記を描いているとき、

「せんせー Iくん ウソ書いてる~!!
ダメだよね?ホントウのこと書かなきゃいけないんだよね?」

確認してみると、ごちょごちょアニメキャラやらなんやら描いている。

心を落ち着けてこう話してみた。

「ウソはいつかなくなるけど、ホントウのことはなくならないんだよ。
だから、ホントウのことを言葉とか絵で書くことってスゴイことなんだよ。」

エンピツをもったまま顔を伏せてしばらく固まって考えたあと、なにやら書きはじめた。

『ままとこいのぼりつくった。もくよう日につくった。』

子どもの字でかかれた子どもの文章は、なんともいえない心地よさがある。

『こいのぼりとかぶとをかざって、きもちよくなった。』
『こどものひにつりにいった。なんにもつれなかった。』

ホントウのことはなくならない。ホントウにはすごいパワーがある。