仕事先のご家庭の冷蔵庫に貼ってあった。
このセンス学びたいです。
Money
It can buy a House
But not a Home
It can buy a Bed
But not Sleep
It can buy a Clock
But not Time
It can buy you a Book
But not Knowledge
It can buy you a Position
But not Respect
It can buy you Medicine
But not Health
It can buy you Blood
But not Life
It can buy you Sex
But not Love
So you see money isn't everyting.
I tell you all this because I am your Friend,
and as your Friend I want to take away your pain and suffering
so send me all your money and I will suffer for you.
A truer Friend than me you will never find.
CASH ONLY PLEASE.
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
お金
家は買えるけど
家庭は買えない
ベッドは買えるけど
眠りは買えない
時計は買えるけど
時間は買えない
本は買えるけど
知識は買えない
地位は買えるけど
尊敬は買えない
薬は買えるけど
健康は買えない
血液は買えるけど
命は買えない
セックスは買えるけど
愛は買えない
お金がすべてじゃないって事がわかったでしょ?
ボクは君の友達だからこのことを話しているんだ
友達だからこそ君の痛みや苦しみを取り除いてあげたいんだよ
だから君のお金を全部ボクに送ってください
そしたらボクが君の代わりに苦しんであげるから
ボク以上に友達思いのヤツはどこにもいないよ
現金のみでお願いします。
Thursday, October 26, 2006
Thursday, October 19, 2006
残っちゃったおそば

ルームメイトから聞いて初めて知ったオムそば。
生まれて初めて作ってみたオムそば。
やばいよ、うまいよ、オムそば。
やばいよ、見た目悪いよ、オムそば。
ひき肉みたいな味がするぜオムそば。
おそばが残っちゃった時におすすめです。
伸びたおそばのリバイバルが味わえます。
Saturday, October 14, 2006
5ドルのシャワーヘッド

「日曜日は何してるの?」といきなり彼女。
「教会に行ってます」と答えたら、
「だから聞いたのよ」と満足気にうなずいた。
彼女は幼い頃から教会に通っている敬虔なクリスチャンだった。でも、日本からアメリカに渡った後、LAの暴動で全財産を一度に失い家族や親戚に裏切られ、女手一つで子供二人を抱えドン底生活を経験したことを話してくれた。彼女曰く、毎週日曜日欠かさず教会に通い、献金もすごい沢山していたから自分は立派なクリスチャンだと勘違いしていた。神様に自分が間違っていた事を教えられた。
物をたくさん持っているより、少しずつ集めたり作ったりする方がよっぽど楽しい。全部持っていたらすることが無くなるからつまらないよ。
あんたも頑張んなさい。神様は必ず守ってくれるから。
と思いっきり背中をバチンとたたかれた(笑)
お互い名前を交換するわけでもなく、「またお茶しましょうね」みたいな社交辞令もなく、熱いハグを交わしただけのお別れ。
今回だけに限らずクリスチャン同士の別れってぜんぜん寂しくないんだよね。また、後で必ず会えるから。
帰りの運転しながら、めっちゃクールな出会いだったなぁ、
現金5ドルどころか、お茶とお菓子とすげー証しが聞けたゼ、神様サイコーって思わず叫んだ。こういう粋なはからいをされるところも大好き♪
『自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。
そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。
自分の宝は、天にたくわえななさい。。。。
あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。』
マタイ 6:19~21
Wednesday, October 11, 2006
受洗
2006年の2月、私は絶望のどん底にいました。幸せになりたいのに頑張れば頑張るほど深みにはまり、そのうち抜けたくても自分の力では抜けられない程の恐ろしい状態になっていました。神様のいない生活、イエス様の教えを知らない生活を続け、すべてのことに関して自分勝手に生きてきたそのツケが一機にやってきました。自分の知識や経験で正しいと思う『正義』の為に戦い、カラ回りし、気づいたら悪に加勢していた自分がいました。
ロバート・キヨサキ氏の著書「金持ち父さん、貧乏父さん」に出てくる『ラットレース』という表現をご存知でしょうか?目的のない購買による出費と支払いに負われ続ける人々の様子は、クルクル回る回転カゴの中で走り続けるラットのようで、そこから抜け出せない限り一生、ローンと支払いで追われる生活が死ぬまでつづく。お金持ちの生活を送っているように見えても実際には借金地獄で悩んでいる=ラットレースの中にいる人たち。この表現をかりますが、私は『悪のラットレース』に長い間いました。偶像礼拝者と無神信者たちが、おのおのの快楽と肉欲を求めてぶつかり合う・・・嘘と裏切りがきっかけで、憤り、敵意、嫉妬、ねたみ、誹り、争いが勃発、いつのまにか怒りと復讐心だらけになっていきました。ついには現金も食料も宝石も消え、最後には借金と時間と生命が私に残されました。イエス様は、悪に勝てるのは善のみであり、悪を裁くのは神様であると教えられていることを知らなかったからです。神様から与えられている時間、お金、エネルギーを的外れな目的の為に使ってしまった結果でした。
家族や友達がいる日本へ帰ろうか迷っている時でした、ベビーシッターに行った先がクリスチャンファミリーでダイニングテーブルの横には本棚があり、そこには聖書やキリスト教関連の本が沢山ありました。子供が寝た後、こっそり読んだ内田和彦氏の著書「聖書は初めてという人のための本」には、聖書が世界のベストセラーであること、西暦元年(キリストの誕生)には旧約聖書(紀元前1500年の出来事が記されている)はすでに存在していた、西暦303年にはローマ皇帝が帝国内の聖書をすべて焼き捨てるよう勅命を出した、などの聖書にまつわる事実が書かれていました。世界のベストセラーをまだ読んでいないのは恥ずかしい、自分は正しい人なのになんでこんな事態に陥ったのか理由が書いてあるかもしれない、といった高慢で偉そうな態度で私は聖書を読み始めました。どんどん読み進めるうちに自分の気づかなかった間違いや罪がたくさんあった事を教えられました。そして、新約聖書を読み終えた時には、自分は迷った子羊だから牧されなきゃいけない、その一心で一杯になり、イエローページで日本語礼拝のある近くの教会を探して2006年の4月から通いはじめました。
『私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。』 マタイ6:12
口で言うのは簡単です、でも本心で言うことができていない自分とそのギャップに悩んでいました。聖書を読んだりイエス様のことを考えたりしている時は良いのですが、お金がないことや自分の不利な立場や現状に面するたびに、人を責める気持ちや嫉妬心が抑えられない自分いました。また、お祈りする時に「すべてを主にゆだねます」と言った後、自分の考えで判断している自分がいました。自己中心的な判断でとことん的外れな生き方をした超裏目の人生はもう二度と戻りたくないのです。聖霊によるバプテスマを受ければ、信仰心の弱い私を助けてくださるに違いない、みこころをもっと教えていただけると信じ、洗礼を受ける決意をしました。
『神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。』マタイ6:33
空っぽの状態にしてくださったからこそ、神様の教えに心をとめ、耳を開き、聖書から教会へ、そして洗礼まで導かれました。そして、自分の力では決して抜け出すことができなかった『悪のラットレース』からイエス様が救い出してくださり、戻れないように封印してくだったことを心から感謝しています。これからどんな苦しい試練が待ち望んでいるのか、どんな素晴らしい恵みを与えてくださるのかも分かりません。分かっているのは、新しい人生のスタート地点にいること、そして、イエス様がどんな時も一緒にいてくださることです。私は希望というスタート地点にイエス様と共にいることを心から喜び感謝しています。
オレンジコーストフリーメソジスト教会
「Orangeのかおり」第27巻10号 (2006年10月) 掲載
ロバート・キヨサキ氏の著書「金持ち父さん、貧乏父さん」に出てくる『ラットレース』という表現をご存知でしょうか?目的のない購買による出費と支払いに負われ続ける人々の様子は、クルクル回る回転カゴの中で走り続けるラットのようで、そこから抜け出せない限り一生、ローンと支払いで追われる生活が死ぬまでつづく。お金持ちの生活を送っているように見えても実際には借金地獄で悩んでいる=ラットレースの中にいる人たち。この表現をかりますが、私は『悪のラットレース』に長い間いました。偶像礼拝者と無神信者たちが、おのおのの快楽と肉欲を求めてぶつかり合う・・・嘘と裏切りがきっかけで、憤り、敵意、嫉妬、ねたみ、誹り、争いが勃発、いつのまにか怒りと復讐心だらけになっていきました。ついには現金も食料も宝石も消え、最後には借金と時間と生命が私に残されました。イエス様は、悪に勝てるのは善のみであり、悪を裁くのは神様であると教えられていることを知らなかったからです。神様から与えられている時間、お金、エネルギーを的外れな目的の為に使ってしまった結果でした。
家族や友達がいる日本へ帰ろうか迷っている時でした、ベビーシッターに行った先がクリスチャンファミリーでダイニングテーブルの横には本棚があり、そこには聖書やキリスト教関連の本が沢山ありました。子供が寝た後、こっそり読んだ内田和彦氏の著書「聖書は初めてという人のための本」には、聖書が世界のベストセラーであること、西暦元年(キリストの誕生)には旧約聖書(紀元前1500年の出来事が記されている)はすでに存在していた、西暦303年にはローマ皇帝が帝国内の聖書をすべて焼き捨てるよう勅命を出した、などの聖書にまつわる事実が書かれていました。世界のベストセラーをまだ読んでいないのは恥ずかしい、自分は正しい人なのになんでこんな事態に陥ったのか理由が書いてあるかもしれない、といった高慢で偉そうな態度で私は聖書を読み始めました。どんどん読み進めるうちに自分の気づかなかった間違いや罪がたくさんあった事を教えられました。そして、新約聖書を読み終えた時には、自分は迷った子羊だから牧されなきゃいけない、その一心で一杯になり、イエローページで日本語礼拝のある近くの教会を探して2006年の4月から通いはじめました。
『私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。』 マタイ6:12
口で言うのは簡単です、でも本心で言うことができていない自分とそのギャップに悩んでいました。聖書を読んだりイエス様のことを考えたりしている時は良いのですが、お金がないことや自分の不利な立場や現状に面するたびに、人を責める気持ちや嫉妬心が抑えられない自分いました。また、お祈りする時に「すべてを主にゆだねます」と言った後、自分の考えで判断している自分がいました。自己中心的な判断でとことん的外れな生き方をした超裏目の人生はもう二度と戻りたくないのです。聖霊によるバプテスマを受ければ、信仰心の弱い私を助けてくださるに違いない、みこころをもっと教えていただけると信じ、洗礼を受ける決意をしました。
『神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。』マタイ6:33
空っぽの状態にしてくださったからこそ、神様の教えに心をとめ、耳を開き、聖書から教会へ、そして洗礼まで導かれました。そして、自分の力では決して抜け出すことができなかった『悪のラットレース』からイエス様が救い出してくださり、戻れないように封印してくだったことを心から感謝しています。これからどんな苦しい試練が待ち望んでいるのか、どんな素晴らしい恵みを与えてくださるのかも分かりません。分かっているのは、新しい人生のスタート地点にいること、そして、イエス様がどんな時も一緒にいてくださることです。私は希望というスタート地点にイエス様と共にいることを心から喜び感謝しています。
オレンジコーストフリーメソジスト教会
「Orangeのかおり」第27巻10号 (2006年10月) 掲載
Monday, October 9, 2006
仕返し
私には再会したら自分がどうリアクションするか想像がつかない人がいます。もし今会ってしまったら、驚き、怒り、悲しみ、後悔、などの感情がごっちゃ混ぜに沸き起こって何をするか分かりません。でも、イエス様に洗礼を受けるとき約束したんです、「復讐しません、赦します」って、だから「私の罪を赦してください」って。だから時が来て、再会するようなことになったらお互いちゃんと慰め合うことができるよう祈ります。
そんな私は、今日の礼拝でこの御言葉を聞いた時には
涙がどうしょうもなく出て止まらなかった。
幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、
水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。
詩篇1:1~3
神様は生きておられ、こうして慰め励ましてくださった。
木ぢゃなくてもいい・・・
アスファルトに咲くタンポポでいいから芽を出したい★
そんな私は、今日の礼拝でこの御言葉を聞いた時には
涙がどうしょうもなく出て止まらなかった。
幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず、
罪人の道に立たず、
あざける者の座に着かなかった、その人。
まことに、その人は主のおしえを喜びとし、
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は、
水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり、その葉は枯れない。
その人は、何をしても栄える。
詩篇1:1~3
神様は生きておられ、こうして慰め励ましてくださった。
木ぢゃなくてもいい・・・
アスファルトに咲くタンポポでいいから芽を出したい★
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